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寄稿(荒井和人氏より)

改装した図書館を使った子どもたちはどう思ったのか……を説明してくれた人に会いましたので、書いてもらいました。
アニメーター&アニメ監督をやってる荒井和人氏です。

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寄稿「機動警察パトレイバー 2 the Movieとの出会い」
荒井和人

先日、立川のおしゃれな店でカレーを食べながらこの話をかん子さんにしたところ、HPに乗せたいから文章にしてくれと頼まれ、こうして筆をとっている次第です。
僕はアニメ業界の片隅でアニメーターをしている者ですが「アニメ」という媒体に人並み以上に強い印象を持つようになったきっかけの一つとして自身の中学生時代のとあるエピソードがあった、という話です。

18年前、僕が通っていた杉並区立和田中学校にかん子さんがやってきて、図書室を大改造していったわけですが、その結果生まれたのが、ヤングアダルトや漫画が並ぶ絨毯敷きのささやかなスペースでした。
非常に居心地のいい空間で、休み時間の大半を僕はそこで過ごしていたのですが(辞書みたいに重い「風の谷のナウシカ」の豪華装丁本とかがあったのを覚えています)そこに、誰が置いたのか、ゆうきまさみの「機動警察パトレイバー」全22巻が並んでいたのです。

少年サンデーで94年まで連載されていた漫画ですから、微妙に世代ではない作品なのですが、これが非常に面白くて。
今にして思えば、巨大企業の謀略やら現実の社会問題を掘り下げた主題など、巨大ロボットが活躍するSF漫画という枠組みからは既に充分外れたかなり難しい作品で、これが少年誌に載っていたというのもなかなか興味深いのですが、当時のませた中学生であった自分にはちょうどいい背伸び具合で楽しめる良質な漫画でした。
するすると最終巻まで読み終え「あー面白かった」と本を棚に戻すと、その隣にもう一つ「パトレイバー」の名がつく本が置かれていたわけです。
それが「機動警察パトレイバー2 the Movie」のフィルムコミックだったんですね。

「フィルムコミック」という文化が今現在も果たして生き残っているのか自分には定かではないのですが
アニメ作品のスチル(キャプチャ画像みたいな意味です)を漫画形式に並べたもので
実際のアニメを見る機会がない子供がアニメの代わりに貪るように読んでいた(少なくとも自分はそうだった)代物です。
(以下余談:僕の家庭はアニメに対する目が厳しく、容易に流行りのアニメなど見させてはくれなかったので
親の目を盗んでBOOKOFFで足をプルプルさせながら「攻殻機動隊」「AKIRA」「エヴァ」のフィルムコミックを読み漁っていました)

「アニメ版のフィルムコミックか~」
漫画の続きというわけでもなさそうな見た目にちょっとがっかりしながら試しに開いてみたところ、その驚愕の内容に僕は激しい衝撃を受けることになります。
まず、絵が違う。
ゆうきまさみのとっつきやすい少年漫画的絵柄とはあまりにもかけ離れた、リアル志向のキャラクターデザイン。
どこか温かく愛嬌のあった漫画のロボット描写を欠片も感じさせない、冷たく無機質で硬質なメカニックデザイン。
漫画では和気藹々と人情味に溢れた主人公たちも、所属する部隊が実質解散寸前という有様で、全体に流れる寂しげで寒々しい終末的な空気感。

「漫画と全然違う!」
それまでの自分にとって、漫画とアニメというのは基本的に同質のもので、「あの漫画がアニメになる」と聞いてテレビをつければ
当然そこには漫画で見た通りのキャラクターが動いて喋っている「はず」のものでした。
「ワンピース」のルフィは漫画で見てもアニメで見てもちゃんと同じルフィだったのです。
が、「パトレイバー」の主人公「野明」は、漫画とアニメでは明らかに「別人」でした。
正確なところを申し上げれば、「パトレイバー」シリーズは当初からメディアミックス作品として漫画、アニメが同時進行で作られ
けして漫画が「原作」ではないという構造をとっているためにこのような事態になるのですが(これは「エヴァ」も同じです)
そんなことは知らない当時の自分にはまさに「なんだこれ!?」だったわけです。

ストーリー展開も、漫画とは比較にならない難易度の高さ。何の話をしているのか全く理解不能。
主人公がロボットを操縦して悪者を倒す分かりやすい構図など一切描かれないどころか、そもそもロボットが全然登場しない。
面白いか面白くないかの判断すらできず、ただ漠然とページをめくるしかなかった僕でしたが、一つだけはっきり分かることがありました。

これは、猛烈に、かっこいい。

そろそろネタを明かしますと、「機動警察パトレイバー 2 the Movie」というのは
かの著名なアニメ監督「押井守」が手掛けた日本アニメ界に燦然と輝く名作にして、その映像表現、アニメーションとしての技術レベルの高さ、映画としての構成力、演出力どれをとっても一級品の、まさに歴史に残る映画です。
「アニメ」という狭い枠組みを飛び越え、「映画」として高い完成度を誇るこの作品は明らかに大人向けであり、子供が見ることを想定して作られていないことは明白です(そうだろうか?)。
それをフィルムコミックという「漫画」の枠組みに無理やり押し込め、何を血迷ったか漫画版「パトレイバー」の外伝であるかのように装丁して出版した少年サンデーコミックスの思惑はなかなか度し難いものがあるのですが、そのおかげで僕は13歳にしてこの名作に触れることになったのでした。

「アニメ=子供が見るもの」
2022年の今、この認識が崩壊してからすでに長い時が経っていますが、2004年の当時中学生だった自分の周囲の大人たちの思想は、今と比べるとまだまだ保守的なものであったように思います。
そんな大人に囲まれていた自分もまた…。
そんな自分の認識を覆されるきっかけが、まさにこのフィルムコミックとの出会いにありました。

子供時代に受けた衝撃というのはなかなか忘れがたいもので、下手をすると一生残りますし、子供の人生そのものに影響を与えるものと思います。
今、自分は「機動警察パトレイバー 2 the Movie」を作ったアニメ会社「Production I.G」
に席を置き、アニメの仕事をしています。
もちろん、こうなるに至った経緯は複雑で、単純に中学生時代のあのエピソードと今の自分を直線で繋げられるようなものではありません。
しかし、自身の根幹を成す体験の一つに、あの出会いがあったことは否定できないでしょう。
(ちなみに、フィルムコミックでしか知らなかったこの作品を実際に映像として生で見ることができたのはそれから7年後の大学生になってからのことでした)

かん子さんがなぜこの話をわざわざ文章にしろというのか、理解に苦しむのですが、おそらくこの「子供が衝撃を受ける出会い」を与えられる場の一つが、図書室≒図書館にあるという主張なのでしょう。
図書館に何げなく並んでいる(少なくとも子供にとってはそう見える)本の並び……その並び一つで、とんでもない出会いが生まれる。
もしかしたらその出会いが、子供の人生を決定づけることに繋がるのかもしれません。

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荒井和人様、ありがとうございました!