かん子の連載

私の恩師シリーズ 3 <犬飼先生その五>

私の恩師シリーズ

集中力について、もうひとつ。
本を読む人間は、たいてい集中力は高いと思う。
はかったことはないけど、みんな一瞬でアルファ波がでる状態までもっていけるんじゃないだろうか?
囲碁や将棋の人たちみたいに自分のなかに潜るのではなく、本読みの意識は自分ではなく、本にあるのだけれど……。
そうしてたいていの人はそれをいいことだと思うようなのだが、私は子どもの頃から本当にそうなのかギモンに思っていた。
本を読みながら歩いていて、結構ひんぱんにどぶに落ちたり、電柱にぶつかったりしたからである。
集中力が高いのはキケンなことである、というのが私の認識だったのだ。

犬飼先生は私がそれまでに会った人のなかではダントツ集中力の高い人だった。
一度などは小さい池にイワナがいるのを見つけて、釣竿もなにも持っていなかったのでどうしようかと考え、追い回すことにした、そうな……。
何でそんなことを……?!
というと、だって捕まえたかったからしかたがい、というようなことをおっしゃる。
そうして何時間か追い回して(心からイワナが気の毒だと思うが)疲れきって浮いてきたところをゲット!
したのだそうな……。
凄い集中力と根気強さだよね?!

同じように本を読んだり研究したり、というときも粘り強く、なるほど、勉強というのはこんなふうにやるものなのか、と私は思った。
私はそれまでそもそも勉強している人なんて見たことなかったし、私もまともに勉強したことなどなかったからだ。
だって、本を読むのに忙しかったからね。
勉強なんて、やってるひまはありませんよ。

そのあと何年もして、石垣島に車の免許を取りに行ったときのこと。
私は運転が下手だった。
なにか興味を引かれるものがあるとまっすぐそっちにいってしまふ。
そのときの教官が頭のいい人で、赤木さんは次に何をしなければいけないのかは誰よりも早く理解するのになぜ運転はうまくならないのでしょう?
といって考えてくれた末
「キョロキョロしてます?」
と聞いてくれた。
キョロキョロ?
いーえっ!!
集中してますっ!?

車の運転はね、キョロキョロしなきゃいけないんですよ、とその教官は親切に解説してくれた。
ちょっとよそ見をしているあいだに車というのはなんメートルも走ってしまう……。
だから
“高い集中力を持って”
“キョロキョロしないと”
いけないんですよ……。
といわれて、なぜ私には車の運転が向かないのかようやくわかった。

私はキョロキョロできないのだ。
どうしても一瞬で一点に集中してしまう……。
なのでしばらくゲーム屋に通って、テトリスのような隣のコンピュータと対戦するようなアーケードゲームを熱中してやった。
でもそのおかげでゲームはできるようになったが、どうしても隣のコンピュータがどうなってるか見ることができるようにはならなかった……。
なので車の免許は取れないままである。
世のため人のためにも私は運転しないほうがいいだろうと思う。
なにせ、まっすぐパイロンに向かっていっちゃうんだからーー。
まあ、どうやって車を動かすかはわかったので、どうしても車を動かさないと命にかかわる、というような危急存亡のときにはなんとかなるだろうからもういいか、と思う。

それから、車の運転がうまい人を意識して見るようになったのだが、うまい人って、本当に
“高い集中力”

“広範囲に目配りしている”わけよ。
というわけで、集中力が高いことを手放しに喜ぶのはキケンだと思う。
安全な人生のためには、高い集中力と広く目配りする力がいるのだから。