かん子の連載

“ヴルルの島”というお芝居にいきました。

司書講習にきてた、かなりさんから割引チケットをもらって「おぼんろ」という劇団の“ヴルルの島”というお芝居にいきました。

そういえばここ10年くらい芝居から遠ざかっていたんだけど(シアターオーブでやる外国勢のミュージカルしか見てなかった)なぜかというと、客がオタクになって(というか病んで)劇団が内輪ネタになってくのがやだったんだよ。
いや、そういうやりかたを否定はしないよ?
それって、人を助けてるし(それに一度誰かのブイになってるのがわかると、やめづらいもんだよ。とりあえず客がいる以上はやろう、と思うだろうな。でも報われないけどねぇ…)。
でも、そのなかには入れないもんな。

いやあ、ひさしぶりにまっとうな芝居を見たよ。

芝居をしたいんだ!
とか
芝居でしか表現できないことがある!
とか
うわ~、懐かしいなぁ、情熱的な若者だよっ!

でもって、ビジュアルデザインも芝居もうまい。
内輪じゃなくて、世界を向いてるし。

お客さんたちも小学生連れてるファミリーとかが結構
いましたね。

見たお客さんが、次の時にはもう一人お客を連れてくる、という、お客倍増計画なんだそうで😁次にやるときには私も誰かを連れていきましょう。

ということはやっぱり2016年はターニングポイントだったんだなぁ……。

小学生で「我が輩は猫である」を読んだときに、明治の世に、刀はさすがに差してませんけどね、まだちょんまげゆってる頑固じいさんなんですよ、というのがでてきて、ふーん、時代の変わり目ってそんなもんなんだぁ、と思いましたが、自分もそういう節目に立ち会えるとは夢にも思いませんでしたよ。

ちょんまげゆってることに意味があるんなら固執することに意味があるけど、ただの慣習ならいらないよね、と判断できる眼を持ちたいと思いますね。

そしてもうひとつ、人生60年というのはやっぱり意味があって、人間60になったらこういう人たちに譲って潔く引退したほうがいいんだろな、と思いましたよ。
だって、昭和は本当に関係なくなったもん。
彼らは彼らの世界を見てるんだ。
60歳は60以上の人のために生きればいいんで、現役でいよう、と頑張るのは迷惑だよな~、です。

活字の世界にも彼らのような跡を継いでくれる人たちが出てくるんでしょーか!?

あ、余談ですが、芝居の前にじゃんけん大会があったのですが、なんと勝ってしまいました。
リンゴ、ご馳走さまでした。😁