かん子の連載

水曜日の歌 ♬~ 第四十四回

「ピカソのぎょろ目」

ピカソのぎょろ目は
一度見たら忘れられないが。あのひとはバセドウ病だったに違いないと
つい最近になって気がついた

私も同じ病気にかかり
ものみなだぶったり歪んだりして見える
複視となって焦点がまるであわない
ピカソのキュービズムの元は
これだったかと
へんに納得してしまったのだ立体を平面に描くための斬新な方法とばかり思っていたのに
ある時期
彼は
ものみなずれて
ちらんぱらんに見えたに違いない
女の顔も
それを一つの手法にまで高めたのだ

敵らしきものが入ってくると
からだは反応して免疫をつくるのだが
敵が入って来もしないのに
何をとち狂ったか
自分のからだをやっつける誤作動の指令
自己免疫疾患
甲状腺ホルモンがどばどばと出て
眼筋までが肥大して眼球を突出させてしまうらしい

ピカソへのふいの親近感
小さな発見におもわれて
美術史専門の数人に尋ねてみた
「どこかにそういう記載はありませんか?」
みんな
「さあ……」
といぶかしげ

若いときに発病するものなのに今ごろになってこんなものが出てくるとは
「私のからだはまだ若いということでしょうか?」
冗談まじりに尋ねると
「そう思いたければ
そう思っていてもいいでしょう」
と 若い医師は真面目に答えた

茨木のり子さんです

2018/04/18