かん子の連載

LGBTQ+の本棚から 第290回 LGBTQ+の本棚から 第279回 遠回りしたら僕から・13

トランスジェンダーの林ユウキさんからの寄稿を数回に分けてご紹介しています。
※この寄稿文はブクログには掲載しません

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 資格も手に入れたし、就職先でも探そうか……という前に、僕にはやりたいことが1つあった。そろそろ胸オペ(胸の除去手術)をしたいと思っていたのだ。

 昔から邪魔には思っていたし、手術でとることができるのも知っていたけれど、なぜかあまり自分のことのようには思っていなかった。だけど、どんな環境にいても胸があるままでは男として通すのに限界があることを、今回の職場でも実感していた。
 手術をするとなればある程度の休みが必要になる。なら次の仕事を探す前の今が最適なのではないかと思ったのだ。1年でお金も貯まったし。ということで、僕は胸オペをすることにした。
 体験談でよく聞くタイでの手術ではなく、日本の病院にした。
 胸部だけの手術だったのと、海外に1人は心細かったのと、コロナの影響で渡航費なんかも色々合わせると値段があまり変わらなかったからだ。
 手術までの道のりは意外と簡単だった。何度か病院に通って、カウンセリングと検査をしたら割とすぐ手術になった。これは診断書があったからかもしれないが、手術にあたって必須ではないようだった。
 手術費用は諸々含めて70万くらいだった。乳房切除は自由診療になるので、だいたいこれくらいかかる。保険適用になることもあるけど、自由診療のホルモン治療と併用だと保険適用にはならないので注意が必要だ。参考にされる場合はよく調べてみてほしい。

 さて手術当日。病室に案内されて、手術着に着替えてしばらく待っていたら病室の隣にある手術室に案内された。テレビなんかで見る大層なところではなく、もっと簡単な感じの場所で驚いた。
 手術台に自分で乗って、麻酔をかけられて、気づいたら手術は終わっていた。起きたとき、ものすごく寒くて歯がカチカチと鳴ったことが印象に残っている。
 意識がはっきりしてくると、胸元がガチガチに固められていることに気づいた。痛みはなく、寒いことのほうが気になるほどだった。電気毛布をつけてもらってぼーっとしていると、看護師さんが「とったものを見ますか?」と声をかけてくれた。せっかくなので見てみることにしたのだが、なんというか「お高めのでかいステーキ肉」みたいな感じだった。眼鏡をかけられなかったせいで、ぼんやりとしか見えなかったからかもしれないけど、本当にそんな感じで笑ってしまった。長年胸をつぶして生活していた影響で、乳腺が平らになっていたのではということだった。

 その日はしばらくぼんやりしたあと寝て、朝起きたら簡単な朝食がでて、診察のあと帰路についた。僕は迎えに来てもらえたが、術前の説明によると自力で帰ることもできる。車の運転はNGらしいので、電車やタクシー。
 入院が1日なのと退院3日後にまた通院があるが、それまでは家で過ごしてもいいのが驚きだった。胸回りはバンドで固く固定されていて、脇の下から管がでていた。この管は患部から出る血液を排出するためのもので、先には輸血パックのような袋がついていて、1日に1回そこにたまった液を出す。痛み止めの効果か、ほとんど痛みは感じず、この管と袋をつけて生活することのほうが厄介だった。
 3日後の通院ではその管が抜かれたのだけど、それも痛みはなかった。実は痛みに弱いタイプなのでビビっていたのだが、ドゥルンという感じですぐ抜けて行って拍子抜けした。
 ということでトータルして痛みは少なかった。

 2週間くらいで抜糸も終わって、術後経過もよかったので、2週間後、1か月後、3か月後、1年ごと経過観察も順調に終わり、今に至る。
 最初は腕があまり上がらなかったけど、今は日常生活に支障なく動かせる。胸回りは最初のうちは感覚がなかったけど、今はだいぶ戻ってきた。乳首の感覚はない!
 施術部位は乳輪に沿ってメスが入ったので、よく見れば傷があるなというくらいまで目立たなくなった。

 手術をしてよかったかどうかと聞かれたら、迷いなく「良かった」と答えられる。
 締め付ける下着を年中つける必要がなくなったし、気軽に薄着になれるし、なにより自信がついた。胸を張って生きていけるようになることは僕の人生を大きく変えてくれた。
 胸があることがバレるかもしれないと怯えなくていいし、好きな服が選べるし、うつ伏せで寝ても邪魔じゃないし……良いこと尽くめだ。
 後悔ではないけれど、早くやっとくべきだったな!とは少しだけ思ったりはした。
 けどまあ、このタイミングが僕のタイミングだったのだと思う。お金も時間も心も全てそろったのがこの時だったのだから。

 これが僕の胸オペ記録だ。

2023年10月30日