_/_/_/・_・)o 図書館づくりのエトセトラ・018
【コミュニケーション】
学校には、いろんな行事があります。
入学式、始業式、終業式、運動会、発表会、鑑賞会、避難訓練など、スタンダードな行事から学校独自の行事まで……。
これ以外にも月に一度の全校朝礼などのように、ルーティン化されているものもあります。
あとで司書さん達のなかには「司書の職務と関係ない行事には参加しない」
と、ほとんどの行事に参加しない人もいらっしゃることがわかりましたが、私は知らなかったこともあって、始めから全ての行事に当然参加するものと疑わず、参加しました。
たまたま私が最初に赴任した小学校が、小規模校だったこともあると思います。
小規模校って、とにかくなんでも全員でやらないと仕事が終わらないからです。
先生の数も少ないし、職員室はいつも「チーム」で仕事をまわしてる感じだったので、私も自然にそのなかに加わりました。
なので赴任早々、ご挨拶やら担任発表なんかの会議が終わると、入学式のための飾り作りから仕事は始まりました。
お花紙でお花を作り、新一年生の教室にせっせとお名前シールを貼り……4月って忙しいんだなぁ、と最初のドキドキから醒めるまもなくすぐに走り回って入学式の準備に追われ
「司書の先生こっちよ!」
と呼ばれ、あっという間に、あの人が新しく来た司書さんだ、と先生がたには始業式前に認識して頂けました。
6月にはプール開き前のプール清掃があったのですが、デッキブラシで先生たちとゴシゴシ掃除しているときに
「先生はなんでも一緒にしてくれるね〜!助かる〜!」
といわれて、初めて、人によっては司書は先生たちとの作業をしない人もいるんだ〜ということを知ったのです。
ええ〜、そうなの?!
実は、司書採用の面接の時に
「先生がたとのコミュニケーションはどうされますか?」
と繰り返し聞かれ、司書未経験でなんの実績も知識もなかった私は
「とにかくお話しいたします」
と答えていました。
そのときは質問の意味さえわかっていなかったのだなぁ、と思います。
今は、担当者は先生がたとうまくやっていける人を求めていたのだろうなぁ、と思うのですが。
本の読み方やストーリーテリングの講習は受け、自分なりに勉強していたつもりですが、そこの勉強ではもちろん先生がたとのコミュニケーションが必要なんて教わらず……。
ひゃ〜!
そう、学校図書館って、子どもたちの読書、居場所を支えるだけでなく、学習をサポートするところなんですよね〜。
なので、図書館を使ってもらうためには先生方とのコミュニケーションが必須!!
やっぱり気安く先生たちと話ができるようになっていなければ、授業支援の依頼や図書館使って授業したい、という話にはなりにくい。そこらへんの話もどこかの研修に入れておいてほしかったなぁ、とあとで思いました。
ということで最初の学校行事の話になるんですが、学校にとって大事な行事に学校職員(学校司書ももちろん学校職員のひとりです)として、参加することって大事だと私は思います。
一緒に行事の準備、後片付けする中で、先生たちにまず名前と存在、ぷらす悪い人間ではない、ということを認識していただき、できれば役に立つ人間である、と思って頂くことができれば上々。
そうして何気ない会話をして親しくなるうちに、自然と図書館がらみの話になります。
「○○さんが気になってるんですけど、図書館での様子はどうですか?」
と聞かれたり
「こんな授業をしたいと思ってるんですけど、図書館使ってもいいですか?」
などという話が出てくるようになったら、やった〜!です。
行事の準備や片付けの時って、なんというか普段忙しい先生がたと
“いつもできない話をする”
チャンスなんです。
先生がたのほうも、わざわざ図書館に出かけていって話をする時間はないけれど、何かで一緒に並んでいるとかのついでになら、話すこともできるというものです。
なので、私はいつもメモとペンを持つようになりました。
忘れないためにも、証拠とするためにも、先生がたに依頼されたことを書き留めるためには必須アイテムですから!
逆にこちらから聞くこともありました。
図書館での様子が気になる子がいたり、こういう本が入りましたよ、などいうことをさりげなく伝えるためには、やっぱり普段のコミュニケーションが大事です。
しばらくすると、私が帰った後に私の机に先生からのメモ(こういう授業をするので、○日までにこういう感じの本が○冊欲しいです)などが貼られるようになりました。
多い時は何枚もー。
その学校の先生がたは、司書の使いかたをご存知でした(そのあとで何校も行って、みんながみんなそうではないことを知りました)。なにせこちらはまだ新米なので全体の仕事もつかめず、なにをすればいいのかもわかっていませんでしたから、今考えれば司書はこういう仕事をするんだよ、ということを先生がたに教えていただいたようなものです。
先生がたから言われたことはやるものだと信じて疑わず、せっせとこなしていくうちに、いろいろなことがわかるようになりました。
また行事に参加すると、子どもたちも喜んでくれるんです。
「先生!なんでいるの!?」と。
みんなといっしょにするのを楽しみにしているんだよ、というと、子どもたちに大変喜ばれるのです。
かなりあとになって、司書として配置されたのに学校雑務を言いつけられてまったく図書館の仕事ができなかったことがあり、それがきっかけで、司書は図書館の仕事以外はしません、と拒否するようになった歴史があるのだ、という話をほかの学校司書から聞きました。
確かに大規模校なら、仕事が手一杯で、ほかを手伝うゆとりがないこともあるかもしれません。
実際、900人の児童がいる学校にいたときは、登録と貸し出しカードを作るだけでも一仕事で、毎日の貸し出しと返却をこなし、子どもたちの話を聞き、読書の時間と探究の授業でほぼ毎時間埋まってましたので、その準備にも追われ、ほかのことをする時間はありませんでした。その学校のときは、毎日、ハッと気がつくと帰る時間になっていて、今日何をしたか覚えていない、という有様で、毎日ブッカーをかける本を持ち帰っていたものです。
昼間、かける時間が、取れないので。
でもそういう学校は先生がたもわかっていらっしゃるので、私に花飾りを作るのを手伝って、とはおっしゃいませんでしたし、いつも、いいよ、いいよ、あなたはあなたの仕事して!といってくださいました。
でも、司書の仕事をさせてもらえないなんてことがいまどきあるとは思えませんし(あったらもちろん抗議して、変えてもらわないとならないと思います)普通は、学校のために働くことを拒否する弊害のほうが大きいと思うのです。
こちらの顔と名前を覚えてもらうことが大事なように、こちらが先生がたの顔と名前がわかるようになることも大事だし、一緒にいろいろな仕事をすると仲良くなるし、相手の考えかたや性格や好みや趣味もつかめます。
なによりも、一緒に働くことを拒否して図書館に閉じこもってでてこない人とは仲良くなれないし、親切にする気にも、図書館を使う気にもなれないのではないでしょうか。
あの人と会うのは気が重い、と思う人が図書館にいたら、つい、使いたくない、と敬遠されるのではないかと思います。
もちろん、図書館優先ですが、先生がたとなかよくなることも大事ですし、学校によってできることできないこと、やらなくてはならないこと、やったらいけないこと、などは変わるはずですよね。
図書館を作って運営維持する、という仕事をするためにも、先生がたとのコミュニケーションは必須だと、私は思っています。